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ロジャーズ『クライアント中心療法』第六章 学生中心の授業


C.R.ロジャーズ(2005)『クライアント中心療法』岩崎学術出版社

 本章ではクライアント中心療法を教育に応用するとどのようになるのか、について説いている。クライアント中心療法は人を駆り立てる力がある。それを学んだものは必ずと言っていいほど、他分野の活動においてもこれを応用しようと考えるのだ。例えば、教育に応用すると、どのように学生を援助するのだろうか。一つの答えは、他人に認められるためではなく、自分自身の社会化された目的という観点で動く基準の創出である。我々は他の人に直接教えることは出来ない。我々に出来る事は、他者の学習を促進することだけである。人は、自己構造の維持あるいは強化に関係すると認知することだけを意味あるものとして学ぶ。そんな自発性を援助するのである。

 重要な学習を最も効果的に促進する学習環境とは、許容的で、理解のある教室環境で、脅威の無い状態を提供することである。そうした環境の中で、学生は防衛を働かせることなく学習することが出来る。そこでは学生の受容されたいという願望が実現される。学生は自分自身の解釈や洞察に対する責任は自分自身で取らなければならないと感じる。つまり他者の自分に対する信頼を十分に感じるのだ。そしてこの自己受容の興味深く、重要な副産物は、他者との対人関係が著しく改善することであるという。

 一方、学生一人ひとりの人格と目的にかなった個性を尊重するという許容的でかつ理解ある雰囲気をつくることが出来るのは、教師がこれらの要素と首尾一貫した哲学を保ちうる範囲に限られる。そのため、学生中心の教育を行うと、集団生活全体を通して、学生が導き出す方法や行動に微妙な変化がある一方で、指導者の態度は、終始民主的な一貫性を保ったままである。このことは強調しておくべきだろう。

 授業は課題が未解決なまま終わることも多い。活発なゼミでのラウンジでの会話のように進められるからだ。しかし、もし指導者が問題を「未解決」にしておくと居心地悪く感じるために、何らかの要約や結論によって討論の最後を締めくくるならば、集団に多少の安心感を与えはするが、その主題についてさらに考えるという欲求を事実上抑えてしまうことになる。授業時間以外にも活力に満ちた思索を可能にするのは、「未解決」な問題を容認できた時だけなのである。

 一見とりとめのないそうした授業において、成績はどのようにつけられるべきだとお考えだろうか。この授業で、目的がどの程度達成されたか評価することが出来る人間は一人しかいない。その学生本人である。ロジャーズらは従来の成績管理の問題に取り組み、全く過激とも感じられるであろう結論に達した。それは、個人の成長は、外側からの評価により高められるというよりは、むしろ阻害されるというものである。バイヤー(文献21)の研究によれば、学生が評価の基準は自分自身の外側にあるものだという体験をすると、人格の編成と発達は阻害される。一方で、評価の基準が自分自身の内側にあることを体験すると、人格的成長が促されるのである。

 学生中心の授業で行われた学習は広がりを見せる。その学習は個人の人生に影響を与えるものであり、押しつけや見せつけのための学習とは明らかに異なる。好きなものを読むという機会が与えられた時に、自分の一生の仕事だと考えている分野の本をほとんど読まなかったとしたら、おそらくそれは職業の選択を間違っているのだ。
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